立川虹の向こう


 わしはとうとう改造されてしまった。
 どこがどういう風に機能強化されたのか、わしにもよくわからないが、以前よりは丈夫になったような気はする。だが、そんなことがなんの役に立つのだろう。
 実際わしを改造したあのナントカ教団とかいうやつらも、勝手にさらって勝手に人の身体を改造しておいて、機能を強化しすぎて役に立たないから帰ってくれ、なんてことをいいおった。ナントカ教団は、実に恐るべきハイテクノロジーを備えた集団だが、やつらのやっていることは意味がわからない。
 世の中勝手なやつばかりだ。
 だがこうして、東京の片隅のこの小さな古本屋でめったに来ない客を待ちながら、万年床に横たわって目を閉じると、世の中の一切のわずらわしいものは、わしの前から消え去っていく。
 戦略的(ストラテジック)に判断停止(エポケー)だ。
 そういったら、妻はすこしムッとした顔をして、次の日家を出て行ってしまった。娘はそれ以来口をきいてくれない。
 さすがにわしも、娘にはすこし悪いことをしたなあ、と思うことがある。娘は幼い弟の面倒を見ながら、家のことを黙ってよくキリモリしてくれている。以前はどこかの大学かなんかの研究室で特異能力がなんちゃらなんていう研究の助手をアルバイトでしていたようだが、最近はその関連なのか、なんとか病院でナースになる勉強もしているようだ。はたらきものの、よくできた娘だ。
 そういえば、以前うちにあった古い本を見つけて、すごく喜んでたときがあったなあ。研究室のハゲ頭の教授まで連れてきて、いっしょに大ハシャギしてたっけ。うちの娘はあんなふうに笑うと実にかわいいのだけど、あんな笑顔もずいぶん見てないような気がするな。


 ああ。何か大変なことが起こっている。
 空の色は2秒ごとに変化し、突然の突風でうちの屋根が吹っ飛んでいった。風は吹きすさび、大地がうなっている。世界が終わるのかもしれない。
 すくなくとも町は壊滅だ。生き残った人たちがわらわらと逃げていく。
 こうなったらさすがのわしもこうしちゃいられない。逃げなくちゃ。
 崩壊した古本屋の瓦礫の中で、わしは立った。立った、わしが立った!何年ぶりだ、自力でわしが布団から出たのは!
 よろよろと道に出ると、向こうから仏像の頭みたいなものを屋根につけた、タクシーっぽい自動車が走ってきた。よく見ると、誰も乗っていないのに走っている。
 運転手もいないのに走っているなんて妙だな、と思っている間に、わしはそのタクシーにひかれた。もうなにがなんだかわからない。
 戦略的(ストラテジック)に判断停止(エポケー)だ。


「そんなところに神は宿らない」
 誰かがつぶやいた。
 あれはたしか、妻が出て行ったときに残されていた、置き手紙のことばだ。
 気がつくと、わしは誰かにかかえられ、移動中だった。
 あ、娘か。娘にかかえられて移動しているなんて、わしもずいぶんコンパクトになったものだ。と思ったら、わしの身体がない。わしは頭だけになってしまって、娘にかかえられていたのだ。
 そうか。わしは改造人間になったので、タクシーにひかれて頭だけになっても生きていられるのだな。なるほど。たしかにわしは、以前よりも丈夫になっているようだ。
 娘はいつものように弟を背中に背負い、わしを小脇にかかえて、必死に走っていた。わしや弟を守ろうとしてくれているのだろうか。
 世界の混乱はまだ続いていた。
 風はゴウゴウとうなり、大地は音を立てて揺れ続けている。娘はその中を、クロールでも泳ぐようなしぐさで、走り続ける。たまに弟やわしを落っことしたりしながら。
 ふと見上げると、必死で走る娘の顔越しに、虹が見えた。すごい勢いで動いている厚い黒雲の、一瞬の切れ間だった。
 頭だけのわしには、なにも出来やしない。
 戦略的(ストラテジック)に判断停止(エポケー)だ。


 東京は、荒野になってしまった。


 わしは、なんとか病院で再生された。
 そうか、なんとか病院とナントカ教団は、なにがしかの関係があったのだな。娘がナントカ教団にどのようにかかわっているのかはよくわからないが、とにかく娘が頼んでくれたおかげで、わしはまた頭の下に身体を持つことが出来た。よろこばしいことだ。
 さすがに今回は費用がかさんだのか、ナントカ教団はわしに、働け、といってきた。なんでもいろいろなところに潜入して、人々を洗脳したりする仕事のようだ。そのために教団は、わしに移動式のベッドを作ってくれた。わしの機動力が上がった。
 わしはこの機動力を生かして、最近はよく、あたらしく出来た町索多瑪にあるチベットパブに通っている。古くからの友達で、西日暮里にあるお寺の檀家をしているふみおくんが、以前檀家の研修で行ってすごくおもしろかったといっていたので、前から一度行ってみたいと思っていたのだ。
 きょうも再建されたわしの古本屋に迎えに来てくれたふみおくんと出かけようとしていたら、末の娘である妹のおしめを取り替えている娘と目が合った。
「ちょびっと私用でチベット修行」といってみたが、娘は何もいわずにわしを無視した。
 ああ、そうそう。末の娘は、なんとか病院でわしが再生されているとき、娘が連れてきてはじめて会った。わたしの妹であなたの娘です、とそのとき娘がいっていたので、妻が出て行ったときには妻は妊娠していて、その後も妻と娘は連絡を取り合っていたということなのかもしれない。
 あるいは妻も、ナントカ教団と何かかかわりがあるのだろうか。もしかしたら、この末の娘も、あの恐るべきナントカ教団のハイテクノロジーが生み出したナニカかもしれない。
 だが、世の中にはいくら考えてもわからないこともある。そんなときわしは、
「戦略的(ストラテジック)に判断停止(エポケー)」するのだ。
 そしてチベットパブへ、修行に行くのだ。




チベットパブ

電奇梵唄会奉納ソワカちゃん雑文祭 参加作品」
この雑文は、kihirohitoさんの人気動画シリーズ「護法少女ソワカちゃん」の上映イベント関連企画に参加するために作られたものです。
基本的なストーリーは、いたって間抜けな理由で失われてしまった、ソワカちゃんのまがいもの動画シリーズ「グレテルちゃん」の第1話が元になっています。本来はナース視点で、「そんなところに神は宿らない」に合わせてストーリーは作られました。
登場人物や基本設定などはソワカちゃんのぱくりなのですが、そういったわけでストーリーはかなり勝手な妄想でつづられています。さらに勝手な妄想であることをごまかすために、ここでは固有名詞もあやふやにしてしまいました。
あ、それから一番上の絵の背景は、つげ義春さんのマンガを見ながら描いたものです。グレちゃんシリーズは、ソワカちゃんをぱくってはじまり、この絵を描いたところで妄想が暴走したものです。
下手な文章でいろいろ読みにくいとは思いますが、お祭りのにぎやかしと思って許していただければ幸いです。
2008.5.26 inventory

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